飲酒運転をして交通事故を起こした人の裁判と反省文

交通事故1

交通事故は、日本中のいたるところで日常的に発生しており、日々のニュースや友人との会話で見聞きするほか、自分で目撃することもあると思います。

また、日常的に発生する交通事故については、自分が被害者にも加害者にもなり得ると十分に考えられます。

今回は、私が会社員時代に私の部下が飲酒運転をして引き起こした交通事故の裁判と、その反省文に関する概要について紹介します。

事故発生と現行犯逮捕

2014年8月某日午前4時5分頃、青森県のある町道上において、22歳の男性Kが運転するRVが農業用トラクターに追突しました。

追突後Kは祖父に連絡を取り事故を起こしたことを伝えましたが、祖父は警察署に通報しました。Kは駆け付けた警察官から呼気検査を受けた結果、血中アルコール濃度0.27mg/L、道路白線上の歩行にふらつきが認められたため、飲酒運転が発覚して現行犯逮捕されました。

留置場への留置と実況見分

Kは現行犯逮捕されてから2週間、警察署の留置場で過ごしました。その間、身内以外は面会謝絶で警察職員による取り調べが続きました。当時私はKの上司でしたので、一度だけKと面会することができましたが、Kは私と視線を合わせようとせず、震えながら謝罪の言葉を口にするだけでほとんど会話になりませんでした。

Kが留置されて10日間が過ぎ、事故現場での実況見分が行われ、その結果やこれまでの取り調べによる事実確認の終了した内容について、担当の警察職員から簡潔でしたが教えてもらうことができました。

飲酒運転に至る経緯と事故の概要

Kは、事故前日の夕刻から日付の変わった午前1時頃まで、住居近くの居酒屋で同僚と3人で飲酒していました。同僚と別れ、一度は住居に戻って就寝しましたが、午前中に別の友人と会う約束をしていることを思い出し、友人との待ち合わせ場所に近いKの祖父の家で休もうと考え、午前3時40分頃に私有車のRVで祖父宅へ向かいました。

車両等の破損状況から、Kは時速100km程度でRVを運転していました。そして、当時の事故現場付近は薄明時で霧も発生しており、視界は悪く、ほぼノーブレーキの状態でAさんが運転するトラクターに追突しました。

Aさんは、追突の衝撃で30mほど前方に放り出された勢いで頭部を強打し、意識不明の重体でした。また、トラクターに同席させていたAさんの愛犬は、追突の衝撃で死亡しました。Kの保有していたRVは比較的大型であり、追突時の衝撃は強いものだったと推測できました。

保釈と裁判

Kは保釈後、Kの父親に付き添われてAさんの自宅へ謝罪に行きました。私もKの祖父宅で待ち合わせをして同行させてもらいました。Aさんの奥様が玄関前まで出てきて対応して下さいましたが、表情は硬く、Kを見る目には明らかな怒りを感じました。

それでも奥様は、私たちの謝罪について一応は受け入れて下さいました。しかし、遅れて玄関に出てきたAさんの母親はKに対して「許さないね」と言葉を投げつけました。例えようのない雰囲気が漂い、Aさんの母親の怒りのオーラのようなものを感じた私たちは、言葉を失い、視線を伏せ、ただ立ち尽くしていました。

実際は1分間くらいだったのですが、とても長い時間が流れたように感じた後、Aさんの奥様の「今日はもう帰って下さい」という言葉に突き飛ばされるように、私たちはAさん宅を後にしました。Aさん宅にはもう二度と行けないと思いました。

Kが保釈されて約1か月後、地方裁判所において2回の裁判が行われました。私は2回とも傍聴席で審判を見守っていましたが、裁判官を含め検察や弁護士は意外に淡々とした口調で必要事項を話し、裁判は進行しました。Kは神妙な顔つきで、自らが引き起こした飲酒運転による過失致傷に関する起訴状の内容を認め、弁護士や裁判官の質問にも沈黙することなく応答し、随所で反省の言葉を述べていました。

被害者であるAさんは、意識不明であるため法廷へは出席できませんでしたので、ほぼ弁護士が対応していました。被害者側の親族や関係者の顔には終始怒りの表情があらわれていました。もし自分が被害者やその関係者だったら、同様の態度で臨んだのかもしれないと思えました。

反対に、自分がKの立場だったらどうかと考えたとき、恐ろしくなりました。法廷のほぼ中央に立ち、裁判関係者や傍聴する大勢の人々の視線を浴びながら、真実を話さなければならない。正直にすべてを話しても許されるわけではなく、被害者やその親族からは、強烈な怒りを視線や時には声として浴び続けるのです。

傍聴席に座っている間ずっと、何とも耐え難い気持ちでした。

『交通事故の加害者になってしまった場合、被害者にどのようにして謝罪すべきか』

判決と反省文

車10

Kへの判決は、懲役1年6か月、執行猶予3年というものでした。裁判官が判決の際に述べた内容によると、初犯であることと反省の態度が大きな要素だったようです。Kは裁判終了後、会社の規定により退職したのですが、その半年後、私宛に1通の手紙が届きました。

中身は、Kの反省文とKの父親の反省文でした。父親は、「自分の教育がしっかりできていなかったことが息子を犯罪者にしてしまった」ということを書いており、沈痛な親心を推し量ることとなりました。Kは、自分なりに精一杯であろう表現で反省やお詫びを記述していました。

Kの書いた内容は、私が上司として至らなかったために、Kを犯罪者にしてしまったという気持ちを抱かせるに十分なものであり、「まさか、自分が飲酒運転で事故を起こすとは思いませんでした」という一文には特に、何とも言えない痛みを感じました。

Kの父親とKの内面

Kの父親もサラリーマンで、私と同じ中間管理職でした。Kが留置されている間は、毎日仕事帰りに面会に行っていましたが、面会後に私のところへ3回来たことがありました。容姿や話し方などから、「非常に厳格な父親」であったと思います。

彼は3回のうち2回、私が勤めていた会社へ直接訪ねてきましたので、Kが勤務していた事務所や作業場を案内し、Kの日頃の勤務態度や職場でのエピソードをいくつか話しました。Kの父親はKの職場での様子を知り、驚くとともに涙をこらえながら、息子のことは何でもわかっていると思っていたが、何もわかっていなかったのだということを私に打ち明けました。

Kには自信家で人を見下すような一面があり、それを助長させたのは父親である私なのだと力なく肩を落としていました。Kが自信家であることは私も認識していましたが、もしかしたらKは、「俺は飲酒運転をしても事故を起こさないし、遭うこともない」と思い込んでいたのかもしれません。

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